ヘスの法則の計算は、反応式を眺めて足し算・引き算を当てる問題ではありません。①求める反応式を書く、②与式を逆向き・倍数・そのままの3操作で目的式にそろえる、③左右にある同じ物質を消す――この順に進めると再現できます。
最初の約束:この記事の計算は反応エンタルピーΔHで統一します。IUPAC Gold Bookでは発熱反応のΔHは負です。教材によっては「発生熱量Q」を正で表すため、問題文がQとΔHのどちらを使うかを最初に確認してください。
ヘスの法則は「出発点と到着点が同じならΔHも同じ」
ヘスの法則をひと言でいうと、同じ条件で始め、同じ状態で終わる反応なら、途中の経路が違っても反応エンタルピーの合計は同じ、という関係です。山のふもとから山頂へ行くとき、直登しても回り道をしても標高差は変わらない――このイメージです。
大切なのは「物質名だけが同じ」ではなく、温度・圧力・物質量・状態がそろっていることです。H2O(液)とH2O(気)は同じ水でも状態が違うため、勝手に同じものとして消去できません。
消防試験研究センターの試験科目では、甲種の「物理学及び化学」は10問です。公開問題は過去に出題された問題の一部なので、公開セットに同じ計算があることを前提にせず、式を組み替える手順を身につけます。
使う操作は「逆・倍・足す」の3つだけ
| 反応式の操作 | ΔHの操作 | 確認すること |
|---|---|---|
| 向きを逆にする | 符号を反転する | −283 → +283 |
| 係数をn倍する | ΔHもn倍する | 1/2倍ならΔHも1/2 |
| 反応式を足す | ΔHも足す | 左右の同一物質を消去 |
触媒は反応の速さや経路を変えますが、同じ始状態と終状態のΔHは変えません。反応速度と活性化エネルギーは反応速度・化学平衡の記事で分けて確認してください。
5行シートで解く手順
- 目的式:何から何を作る反応か、状態記号まで書く。
- 残したい物質:目的式にある物質へ丸を付ける。
- 消したい物質:目的式にない中間物質へ印を付ける。
- 各与式の操作:「逆」「×2」「そのまま」のように、数値を計算する前に書く。
- 加算と検算:反応式を足して中間物質を消し、目的式と原子数・状態が一致してからΔHを計算する。
この順なら「ΔHを先に足したら符号が分からなくなった」という失敗を避けられます。反応式が目的式にならない限り、数値だけ合っても途中で操作を誤っています。
計算例1:COの標準生成エンタルピー
次の値は説明用に小数第1位へ丸めています。NISTのデータではCO(気)の標準生成エンタルピーは約−110.53kJ/molです。ここではヘスの法則で同じ値を再現します。
与式A:C(黒鉛)+O2(気)→CO2(気) ΔH=−393.5kJ
与式B:CO(気)+1/2 O2(気)→CO2(気) ΔH=−283.0kJ
目的式:C(黒鉛)+1/2 O2(気)→CO(気)
COを右辺に残したいのでBを逆向きにします。逆向きにしたBは「CO2→CO+1/2 O2、ΔH=+283.0kJ」です。Aと足すとCO2が左右で消えます。
ΔH=−393.5+283.0=−110.5kJ/mol
負なので、目的の生成反応は発熱です。
計算例2:エタノールの標準生成エンタルピー
目的式は「2C(黒鉛)+3H2(気)+1/2 O2(気)→C2H5OH(液)」です。炭素と水素の燃焼式を使ってCO2とH2Oを作り、エタノールの燃焼式を逆にして両者を消します。
| 使う式 | 操作 | 操作後のΔH |
|---|---|---|
| C+O2→CO2 | ×2 | −787.0kJ |
| H2+1/2 O2→H2O(液) | ×3 | −857.4kJ |
| エタノール燃焼 ΔH=−1367.0kJ | 逆向き | +1367.0kJ |
3式を足すと、2CO2と3H2Oが消え、酸素も3mol分が左右で消えます。残るのは目的式です。
ΔH=−787.0−857.4+1367.0=−277.4kJ/mol
丸め方による差を含みますが、NIST Chemistry WebBookに掲載された液体エタノールの値(約−277.6kJ/mol)と整合します。数値を暗記するのではなく、状態記号を含む目的式と3操作が合っているかを確認する例です。
生成エンタルピー表があるときは「生成物−反応物」
各物質の標準生成エンタルピーΔfH°が与えられた問題では、次の式を使えます。
ΔrH°=Σ(生成物の係数×ΔfH°)−Σ(反応物の係数×ΔfH°)
標準状態にある元素の単体の標準生成エンタルピーは0です。たとえばC(黒鉛)やH2(気)は0ですが、炭素ならどの同素体でも0という意味ではありません。問題文の状態と標準状態を読みます。NISTのメタン(気)は標準生成エンタルピー約−74.87kJ/molで、係数と状態を含めた検算に使えます。
答えが合わないときの原因診断
- 符号だけ逆:反応式を逆にしたのにΔHの符号を変えていない。
- 値が2倍・半分:係数を変えたのにΔHを同じ倍率にしていない。
- 44kJ前後ずれる:水(液)と水(気)など、状態を混ぜている可能性を確認する。
- 目的式にならない:数値計算を止め、左右に残った物質と原子数を先に確認する。
- 発熱なのに正:ΔHではなく、放出熱量Qの表記を読んでいないか確認する。
3問で操作を確認する
問1:反応式を逆向きにしたとき、ΔH=−50kJはどうなるでしょうか。
問2:反応式全体を1/2倍したとき、ΔH=−200kJはどうなるでしょうか。
問3:反応式を足した後、目的式にないCO2が右辺に残りました。先に何を直すべきでしょうか。
まとめ
ヘスの法則は、目的式を先に書き、与式を「逆・倍・足す」の3操作でそろえます。反応式を足して中間物質を消し、目的式と状態記号が一致した後にΔHを計算してください。QとΔHを混ぜず、逆向きなら符号反転、n倍ならΔHもn倍――この2点を毎回書けば、暗算の勘に頼らず解けます。
次の復習先
- mol計算と化学量論で係数と物質量を確認する
- 計算問題の7欄手順で式の選び方を横断する
- 熱化学・ヘスの法則ミニテストで3操作を確認する
- 甲種模擬試験 第1回で物化全体を診断する
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